Ripe

DATE:2012.10.30

たんぽぽや、アザミが咲いて、切戻したハーブ達もすくすく元気な 今年の秋。

落ち葉が紅色に変わってきた頃、やっと やっと、新蕎麦の準備が整いました。

家族はじめ、地域の方々の協力がなければ、今日 こうして パソコンに向かう事はなかったと・・・胸がいっぱいです。

ご心配 おかけしました。

幾人もの、いくつもの 想いが、一粒ひとつぶに 詰まっています。

何も求めずに、望まずに、目の前にある すべき事をクリアしてゆくには、まだまだ気力も、体力も備わっていませんが、

ただたんに、手伝おうとしてくれた おじちゃんや、おばちゃん一家の姿から、

採れた野菜を、サササッと、おいて行ってくれる 隣の畑のおじちゃん・・・などとの触れ合いから、色々・・いろいろ・・・

ここに育って良かったと 改めて 想ったひと月でした。

新蕎麦は、小学生から、中学生に成長した時のような、何ともいえない 綺麗さがあるような気がします。

不思議な力がある「時間」によって、徐々に 深く 変化してゆくことでしょう。

何事もなく 無事に収穫できた喜びに、プラス、少しだけ

自分を褒める時間もつくりながら、

紅葉シーズン合宿 多めに 笑って、笑って、毎日を過ごそうと思います。

ひとつが ふたつに。

輝く一時が必ず訪れると信じて蓄える ひめゆりの花のように。

Surely

DATE:2012.10.13

のんびりしているように聞こえる蛙の鳴き声からきているのか?方言のカタカナ音は、

ただただ面白いから、あえて(今になって)深くつきとめようとはしません。

がっ!!このところ、よく内に浮かぶ心情にピッタリ。

新米、収穫期を終えられた季のはずが、他、畑(傍)は、そこに夏に似た春のような気があります。

作物をはじめ、私達 生き物にとっても「?!」マークを抱きつつ、陽はまた昇るの過ごし方。

「ケロケロしては、いられない!!」

蕎麦刈り。 刈るといっても、一粒ひとつぶ採る事に重きを置かなければなりません。

まだ三年ですが、されど三年。その年月、瞬日ごとの変化に驚きながらも、

今年も手刈りをする。日に日に実ってくれている粒を、こぼしたくないから・・・

地味で、途方もない手段ですが、気持ちまでシンプルになる作業です。

暦と季節、催されるイベント等が、一致しなくなる。

変改期の訪れ?なのかもしれません。

”新蕎麦”を心待ちになさってくださる方々へは申し訳ないのですが、天下野では

自然のなすがままにお任せしたいと想っています。

「もたもたしては、いられない!!」シーズンが、すぐそこまで来ています。

 

Confront

DATE:2012.10.03

桜のように、どこまでが満開かあまり分からないところが、かえって良かったりします。

きゃしゃで、白い。 ちょっとの風でも、お日様の加減でも、逢いにゆく毎に、

表情は異なる。

やっぱり、虫たちだけが長い付き合いなのかな・・・花芽が付き出してからというもの、ここでは、ずっと、運動会が繰り広げられてきました。

天井を見上げて、「んっ!?」。

どう自分がなっているのか・・・???180度逆さまになっている!!・・寝相の悪さに、ひとり苦笑。

台風一過の晴天で10月がスタートし、”一日”、”一過”、の清々しさは、変わりゆく自然と共存する分、五体に染みます。

レンズ越しにも、「んっ!?」。

見返す時にも、目の前の姿、声に、思わず笑みがこぼれました。

何気ない日常ではあるけれど、同じ一日はありません。

耳に届くもの、目に映るもの、手で触れられるもの達の、本音と向き合っていたい。どんなに、情報過多な時代が進んでも・・。

一季を終えた田が、お祝いの花火で彩られてきました。

釣瓶が井戸に落ちる、その清らかな音まで 聞こえてきそうです。

Vital

DATE:2012.09.19

乾き具合から、天候、その他スケジュール、もろもろ・・の心配を経て年に一度、迎えられる日。

不思議と、辛どいとは思わないもの。

じんわりと、それこそ多くの家族の力が集まっているような感が湧いてくるひと時なのです。

ここでいっつも、お茶したな・・とか、歩き方教えてもらったな・・とか、何十年もの間 同じ木を使っている変わらない凄さとか・・・、

黙々と動きながら、それぞれ想いに浸ったりして。

褒めること。褒められること。認め合ってゆくこと。

覚えておきたいと、想い続けること。

「いきる」が毎日、そばに在ってくれるから、慣れなかったり、歯痒いことでも、

”もしかしたら、できるかも?!”と思えてきます。

同じところで  代々みんな  肩を並べて  景色をつくる。   おだがけ。

お彼岸ですね・・・今年も 春から 秋になりました。

 

Prepare

DATE:2012.09.11

前回”懸念のない”と綴ったところを訂正せねばなりません。まったくゼロか?と、綴った後もひっかかっていました。ゼロではありません。

綴った(発した)言葉は感情となり、記憶へと残るもの。

ものづくりをする気持ちばかりが、先になってしまいました。 申し訳ありませんでした。

1年半、草いっぽん、その種類、葉の大きさから、花の付き方、枯れ方、落ち方、その日その日の虫の動き方、鳴き声、雲のでき方、流れる様子、地の音・・・そして、作物が育つ姿を懸念しない日は、正直、一日もなかったのです。

数えきれないほどの心中、皆、きっと、ずっと、有る事だろうと・・・届かぬ想いを、それぞれに独り言と化して過ごしてきた月日。

ただ、そこに同時に生まれた、とても善い意の「覚悟」は、あると思えてなりません。

「では、どうか?!」・・・・・やはり、変わらずに、自然と共に在り、教えて頂いて、変化する事に一所、対応する事、柔軟になる事、従う事。

生まれ育ち、自然=体で・・・いつ何があっても、世迷言をせずに、たいらに、活きる。

”懸念”ではなく”懸命”に。 一字が、いっしょくたんに なってしまわぬよう 気を付けながら・・・。

まこと実りの秋に、なってくれそうです。

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